第1回 うらわを歩こう「中山道浦和宿を歩く」

浦和 調神社 うらわを歩こう

先日浦和駅で素敵なパンフレット? 小冊子? が無料で配られていました。浦和区文化の小径づくり推進委員会が発行している「うらわを歩こう。浦和区文化の小径マップ」という冊子です。

浦和区文化の小径マップとは

浦和区文化の小径マップ

このマップは、浦和区文化の小径づくり推進委員会がこれまで作成してきた7コースの「浦和区文化の小径マップ」合冊版です。各マップには、浦和区をより知っっていただけるよう、古くからある地域の文化財や浦和を特徴づけるお店などを掲載しています。これらのマップを片手に季節に合わせ、楽しく健康的に散策していただければ幸いです。
出典:浦和区文化の小径マップ

素敵なマップです。これは歩かないわけにはいかない。

冊子の中には浦和区の地区毎に紹介しているマップが7つ入っています。マップどおりに実際に歩いて、紹介されているスポットを中心に記事の中で取り上げます。

※以下の出典元はすべて浦和区文化の小径づくり推進委員会が編集・発行している、「浦和区文化の小径マップ」からです。

第1回 中山道浦和宿を歩く

浦和区文化の小径マップ「中山道浦和宿を歩く」

JR浦和駅を起点に、江戸時代30余りの大名による参勤交代が行き交った中山道浦和宿を散策します。街道沿いにひっそりと残る史跡や寺社、新しい浦和の街並みなどを探訪します。

第1回目は中山道浦和宿周辺をめぐる約3.3kmの行程です。

スタートは浦和駅西口からです。それでは行きましょう!

 

「さいたま市の花」の名つく さくら草通り

さくら草通り

全国で9番目の「歩行者専用ショッピングモール」として昭和57年にできました。通りの名称は公募により決定しました。季節感あふれる樹木やブロンズ像、時計台などが置かれ、買い物や散策する市民で賑わっています。

最初はさくら草通りです。ここは歩行者専用のため車の乗り入れはもちろんのこと、自転車も降りて渡らなければいけないのです(小学生のころ、自転車乗ったまま渡ってよく怒られたなぁ)。

喫茶店や飲み屋、昔からある服屋さんなどが建ちならび、タイル敷の道は落ち着きを感じさせます。

人ごみも多くないので、ベンチに座って読書でもするのがオススメ(したことないけど)。

鎌倉文土に浦和画家の原点 うらわ美術館

うらわ美術館

昭和初期の耕地整理と鉄道の電化により、浦和はより住みやすい住宅地へと変貌し、関東大震災の影響も加わり、多くの文化人が移り住み活躍し「鎌倉文土と浦和画家」という言葉が生まれました。うらわ美術館は、郷土にゆかりのある作品を収集し、「本をめぐるアート」をコレクションの柱に、平成12年春に誕生した都市型美術館です。平日は夕方5時(土日は夜8時)まで開館しており、会社帰りや買い物ついでに、気軽にアートの世界を楽しむことができます。

続いては、うらわ美術館です。浦和ロイヤルパインズホテル(浦和センチュリーシティビル)の3階に入っている、比較的新しい美術館です。

浦和に画家が多くいて、文化人の街というのは知っていましたが、ここは初めて来ました。正直、そういうものにあまり興味がありませんでした(てへぺろ)。

でもせっかく機会だから行ってみよう! 美術館なんて小学校の見学で行った以来だと思う。

 

どきどき。

 

 
 
 

 

うらわ美術館本日休館

 

 
 

住所:さいたま市浦和区仲町2-5-1

下にぃ 下に。大名行列も一休み 浦和宿本陣跡

浦和宿本陣跡

江戸時代に中山道が整備され、浦和が宿駅になりました。浦和宿は、本陣1軒、脇本陣3軒、旅籠15軒、商家200軒余りがあり、本陣は大きな敷地を占め、代々星野権兵衛家が勤めていました。加賀前田家や皇女和宮も休息しています。現在は仲町公園となり、明治天皇行在所の石碑が古の面影を伝えています。

うらわ美術館から徒歩1分ほどのところにある、浦和宿本陣跡が続いてのスポット。

ここも近くに住んでいるのに来たことなかったですね。現在は仲町公園という公園になっていて、本陣跡の石碑とちょっとした看板が立っているだけです。

浦和は中山道の宿場町として発展したので、ここが浦和の原点ともいえます(おそらく)。

浦和宿本陣跡 明治天皇行在所

明治天皇行在所石碑

大人になって散歩しながら来てみると、たったこれだけでも歴史を感じることができて感動します(歳とった)。

住所:さいたま市浦和区仲町2-6-3

月六回、二・七の賑わい 浦和の市

浦和の市

浦和の市は、室町時代から始まったとされます、2の付く日は「慈恵稲荷」周辺、7の付く日は「玉蔵院」周辺で商いが行われ、昭和の初めまで続いてました。この場所は、市神の祭られた石祠(ほこら)、定杭、開催を示した天正18年の古文書が残る貴重な史跡です。市は周辺農村の生産物資の売却の機会であると同時に、生活物資購入の機会でもありました。

続いては浦和宿本陣跡からすぐの浦和の市です。昭和の始めまで続いてたということは、僕の曽祖父はここに行ったことがあるかもしれません。

大きい街となった浦和でも、歴史を感じられる場所が(また言う)残っています。この散歩楽しい。

鷹狩りの御殿も緑 常盤公園

常盤公園

慶長年間、徳川家康が民情視察を兼ねた鷹狩りの際の休息、宿泊のため、この地に浦和御殿を設けました。明治26年には、浦和地方裁判所・検察庁が置かれました。昭和51年に常盤公園となりましたが、「赤レンガ囲塀」に、その面影が偲(しの)ばれます。毎年、「中山道浦和宿二七の市」が開催されます。

浦和の市がある通りの奥に続いての常盤公園があります。約400年前に徳川家康や、徳川秀忠がここで休憩していたんですね。感慨深いですわ。

僕も徳川家康になった気分でベンチに座って休憩したいと思います。

常盤公園

これは何だろう

緑もたくさんあって、大きい公園なのでほっと一息つくにはいい場所です。平日のお昼頃はお母さんと子どもたちがたくさん遊んでいて和みます・・

住所:さいたま市浦和区常盤1-8

浦和宿要の古刹 玉蔵院

玉蔵院

真言宗豊山派の古刹で、創建は平安時代と伝えられ、戦国時代に印融上人が盛んにしました。山門は江戸時代後期の優れた建築。庫裏前の「守護侍不入」の石杭は、大正期の寺の力を示す歴史的記念碑です。地蔵堂の木造地蔵菩薩立像は、県内最古の地蔵菩薩で毎年4月23日のみ御開帳されます。

さぁ終盤になってきました。常盤公園から3分ほど歩いたところに玉蔵院はあります。平安時代初期に空海によって創建されたお寺です。

本堂横にある樹齢100年以上のしだれ桜がとても有名で、迫力があってみごとです。春のにはたくさんの見物客で賑わうそうな。

地蔵堂

地蔵堂

本堂の横を歩けば、地蔵堂という立派な堂があります。木造地蔵菩薩立像があり、毎年4月23日のみ御開帳されるとのこと。ぜひとも来年見に来たいと思います。楽しみ。

玉蔵院については、こちらに詳しく書きました。
浦和の古刹 玉蔵院をめぐる 樹齢100年以上のしだれ桜が名所のお寺

浦和にも素敵なお寺あります。

住所:さいたま市浦和区仲町2-13-22

満月にウサギにおわす 調神社

調神社

平安時代以前から続くといわれる浦和屈指の古社で、『延喜式神名帳』にも記されています。調べとは、「租・庸・調」の調で、伊勢神宮への「御調物」を扱ったことから、この名前がつけられたと言われています。また、調が月と同じ読みから、月待信仰に結びつき、社頭、社殿、旧本殿などに「うさぎ」の彫刻などがあります。初詣、お宮参り、七五三、十二日まちなどで親しまれています。境内林は、樹齢数百年といわれる欅、椋、銀杏等も大木により、大切な緑の空間となっています。

最後は調(つき)神社です。地元では「つきのみや」とも呼ばれています。ツキにちなんで、狛犬ではなく狛兎がる神社で、神社なのに鳥居がないのも特徴です。創建は771年頃と伝えられています。
※摂末社として稲荷神社がありますが、そちらには鳥居はあります。

鳥居がない理由は下記のとおり。

倭姫命の命で、調物の運搬の妨げとなる神門・鳥居を除いたことによるという。
出典:wikipedia

神社の隣に調公園という公園が併設してあるので、小学生の頃はほぼ毎日ここで遊んでたな~。

御朱印は本殿向かって右手でいただけますよ。

調神社 神楽殿

神楽殿

調神社

調神社については、こちらに詳しく書きました。
ツキを呼ぶ!調神社は浦和の人たちに親しまれているパワースポット

住所:さいたま市浦和区岸町3-17-25

おわり

いかがでしたか。今回は浦和駅周辺の中山道浦和宿を歩いてみました。近くに住んでいますが行ったことない場所や、新しい発見もあってとても楽しかったです。

次回のうらわを歩こうは、前地・岸町界隈を歩いてみたいと思います。

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